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パナシの無駄話

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380,人は大きく

 友達の家に行った時、玄関の壁に上のような文字が掛けられていた。

「これ、なんて読むの?」

「ああ、これね。学生時代に長野に行った時、土産物屋さんで買ったものだけどね。

最初、僕も読めなくて、お店のおじさんに聞いたんだ。」

「すいません、この文字は何と読むんですか?」

「ああ、これかい?…
人は大きく、己は小さく、心は丸く、腹を立てずに、気は長く』てかな。

『人』は夢や人としての器量だな。

『己』は自己主張というか我ままというか、そういうことだな。

『心は丸く』『腹を立てずに』『気は長く』は意味が分かるだろう?」

「はい、そうやっていきたいですね。」

「そうだよなあ。」

「おじさん、それください。」

「一生の宝物になるよ。きっと。」

「はい、大事にします。
で、これを言った人は誰なんですか?」

「ああ、確か、達磨さん、ほら、達磨大師だと聞いたけど…」

「こんな人になれるよう、頑張ります。」師

「ああ、頑張れ、お兄ちゃん。」

「それ以来、自分の座右の銘の一つになっているんだよ。」

「そうなんだ。良い言葉だよなあ。なあ、俺もこの言葉もらっていい?」

「良いに決まってんじゃん。」

「ありがとう。いやあ、今日は、ここに来た甲斐があったよ。

人は大きく、己は小さく、心は丸く、腹を立てずに、気は長くか?」

達磨大師:
中国禅宗の開祖、インド人のお坊さん。嵩山少林寺の洞窟で、9年間壁に向かって座り続け、悟りを開きました。
しかし、この年月の修行で手足は腐って取れてしまいました。

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379,黄金比

二人の会社員が街を歩いていた。

A「おい!見た?今の女、すげえ美人だったよな。」

B「ああ、確かに。」

A「俺、ああいうタイプに弱いんだ。」

B「ああ、そうなんだ。」

A「瓜実顔で切れ長の目、色白で、ちょっと背が高く、スンナリ腰。たまんねえよなあ。」

B「あのおかめさんかい?じゃあ声かければいいじゃん?」

A「おい!おかめさんは、ないだろうよ。せめてお多福とか言ってくれよ。」

B「ブフーッ、どっちだって同じだろう?」

A「いやあ、引いちゃうね。あんな娘に自分は釣り合わないと思っちゃうからなあ。」

B「何だよ、急に弱気になっちゃって。」

A「ああいうきれいな子に合えただけでも目の保養になったから、それで良いんだ。」

B「そうか、俺は、顔とかスタイルとかより、いま付き合っている女性が話しやすくて、気持ちもいい娘だから、最高だと思ってるよ。」

A「そうか?」

B「上を求めていったら、きりがないよ。
ああいう日本人や中国人の東洋系の美しさは、また外国の白人さんたちとは、違うからなあ。」

A「そうだなあ。北欧やロシア、ウクライナの人達は、男も女も色白で小顔で綺麗だよなあ。」

B「ああ、そうだよね。アラブや中東系の人は、健康そうな肌に、大きくクリンとした目、いいよね。」

A「アフリカの人も良く見ると、美人さんが多いね。ああ、俺も早く彼女見つけたいなあ。」…

B「ところで、人間以外の四角い形にも、美しさがあるって知ってる?」

A「なんか、聞いたことあるなあ。」

B「その横と縦の比率、それを黄金比というんだ。」

A「へえ、黄金比ね。」

B「人間が最も美しいと感じる比率なんだけどね。簡単に言うと『1(横):1.6(縦)』ということらしいんだ。」

A「誰が決めたの?」

B「ちょっと待って!スマフォで調べるから…

ええとね。黄金比を発見したのは、古代ギリシャの数学者エウドクソス(紀元前408年頃~紀元前355年頃)と言われているよ。

その後、パルテノン神殿の建設時に彫刻家ペイディアスが初めて黄金比を用いたとも伝わっているんだ。」

A「そんな昔からあったんだ。
へえ、知らなかったよ。
これからは、美人の定義も数式で表される世の中になるのかなあ?」

B「当然俺たち二人は規格外だろうけどなあ。」

参考: 黄金比を用いた代表的な歴史的建造物や美術品として、ミロのビーナス(古代ギリシャ)、ピラミッド(古代エジプト)、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザ(1503年~1519年頃)、パリの凱旋門(1836年)、バルセロナのサグラダ・ファミリア大聖堂(1882年~)など
 身近なところにある黄金比
名刺、クレジットカード 、たばこの箱、Appleのロゴ  Googleロゴ、プラタナスの葉の横と縦など
※A4サイズの大きさは横210×縦297mmで黄金比ではありませんが、
横と縦は「白銀比(はくぎんひ)」1:1.414であり、
正確には1:√2(ルート2)と呼ばれる比率になっています。
白銀比の特徴として、次の2点が挙げられます。
・何回分割しても綺麗な長方形になる
・日本人が美しいと感じる比率である


白銀比は「大和比(やまとひ)」と呼ばれることもあるほど、日本人に馴染みが深く、日本人が美しいと感じる比率といわれています。
世界最古の現存する木造建築物である法隆寺の金堂や五重塔に用いられているほか、寺社建築や仏像、絵画などに使われていることが特徴です。

さらに、アンパンマンやドラえもん、キティちゃんなど人気のキャラクターにも白銀比が当てはまります。
そのデザインは顔の縦横比、あるいは体幅と頭身の比率が1:1.414(√2)となっているパターンがあり、これらのキャラクターに多くの日本人が親しみを感じる理由の一つといえるかもしれません。
※A判のもっとも大きなサイズは「A0サイズ」で841×1189mm、また「A1サイズ」は594×841mmで新聞の見開き1枚分相当です。A0用紙を4回、半分に切るとA4用紙になります。反対に、A4用紙を2枚並べるとA3用紙に、A3用紙を2枚並べるとA2用紙になります。


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378,幸せのシャツ


「ヒデちゃん、今日は、学校で何か楽しいことがあったかい?」お父さんが突然ヒデちゃんに聞いてきた。

「今日は、ねえ、担任の先生が出張で、教頭先生が来てくれたんだ。」

「へえ、そうなんだ。」

「教頭先生は、お話が上手で、みんな好きで楽しみにしているんだよ。」

「そりゃよかったな。」

「うん、今日もね、教頭先生にみんなで『お話してください』と頼んだら、少しだけしてくれたんだよ。」

「そりゃあよかったな。で、どんな話をしたの?」

「全部は覚えてないけど…」

 ある国の王様が、病気になった。
何とか治したいと思って、
占い師に、『どうすれば治るのか?』聞いた。
占い師は
『この国の中で幸せに暮らしている人のシャツを借りてきて、王様が着ると病気は、よくなります。』と答えたんだって。

王様は、家来にそのことを告げ

『この国の幸せそうな人を探して、そのシャツを借りてこい!』と命令したんだ。

家来が、最初に見つけた人は、お金持ちの人…

すると、近所の人が『あの人は、お金があるけれど、それをずっと守ろうとして、ケチな暮らしぶりだよ。一銭だって出さないからなあ。決して幸せじゃないよ。むしろ、かわいそうだよ。』と。 

 次に家来は、100歳くらい長生きしている人を見つけた。
『この人は、幸せなんだろうなあ。』と思っていたが、
周りの人たちは、『あの人は長生きだけどもう自分で稼ぐことができないから、毎日乞食同然の生活で、決して幸せじゃないよ。』…

 次の人は、お金もそこそこあって健康で元気な人。『この人は、きっと幸せだろう。』…

でも、周りの人たちは、『あの家は、奥さんが我ままで、遊んでばかりで、とても幸せだとは思わない。』

 家来は、次の人に当たった。幸せそうな夫婦。『あの人たちのシャツを借りよう。』

だが、周りは、『あの夫婦は、子供がいないし、家では、ののしりあって喧嘩ばかり…。』
『ここもダメか。』

 なかなか幸せな人が見つからず、困った家来が途方に暮れていると、

みすぼらしい家の中から、大きな笑い声が…

『うん、この人こそ幸せな人だろう…この人のシャツを借りよう。』

家来は、家の中に入ってみた。

なんと、その人は、裸で暮らしていた。

という話。

みんな笑っちゃったよ。

それで教頭先生は、
「この童話の中では、家来がようやく見つけた幸せ者は、そもそもシャツを持っておらず、
『着る者が幸せになれるシャツ』など、この世に存在しない。」って言ってたよ。

「その話、お父さんも昔聞いたことがあるなあ。確か、トルストイだったかなあ?」

「僕は、この話を聞いて
『幸せって、何なのか?』ちょっとだけ考えちゃったな。」

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377,教師になりたい!

福岡の小学校教師
 28才、女性。会社員から小学校教師に転身。

この先生は、勉強も運動も得意、積極的で負けず嫌いな性格で、高校ではチアリーダー部のセンターも…。 
全国優勝も経験…。

 就職は大手人気会社の不動産部門 営業成績もトップクラス。
 
勤めて3年、この会社で偉くなることに価値を見いだせなくなった。
もっとキラキラした毎日が送りたいと思っていた矢先に、NPOで「期間限定教師」というのがあったので、申し込んで採用に。
自分でも教師という仕事に自信があった。

 現在小学校3年生の担任。給料は20万円。以前の会社より少ないが毎日が楽しい。
クラスの子は31名。教科指導も自分なりに工夫し、何とか順調にこなしていた。

 ある時、算数で「暗算」の学習をしていた時、後ろで校長先生が見学されていた。

校長先生は
「ねえ、みんな暗算って何でやるの?筆算ができればそれで良いんじゃないの?」と子供たちに声をかけた。

「そうだよ。」という声もあったが子供たちは暗算の勉強をやる意味を考えた。

「はい!紙が使えないところでもすぐに計算できるようにです。」

「紙が使えないところってどういうところ?」

「例えばスーパーとかです。」

「はい!買い物をするとき自分の持っているお金で足りるかどうか分かるからです。」

「そうだよね。いちいち紙を出して筆算するより楽だからね。
そうか、じゃあ、みんなしっかり勉強してくださいね。」

「はーい!」

校長先生の一言で「なぜ、これを学ぶのか?」がはっきり分かった子供たちは一生懸命に学習に取り組みました。

この先生は、ここで一つ学びました。
ただがむしゃらに、分かりやすく教えようとするより、
子供たちが「なぜ学ぶのか?」学ぶ理由がはっきりすれば、学習意欲が増すということ。
 
 2週間後に大縄飛び大会があります。
負けず嫌いのこの先生は、これを機会に何とか優勝させて子供たちに達成感を味あわせたいと考えていました。

「目標は何回?縄を回す人は誰?」…

意欲に繋げようと学級会で子供たちに決めさせました。

目標300回。だが、毎日昼休みにやってもなかなか50回を超えません。

あと一週間しかない。先生にも焦りが出てきました。

うまく跳べずに泣く子、嫌々やる子、他の遊びでなかなか集まれない子。

ついに雷が落ちました。

「何のためにやるの?300回は自分たちで決めたんでしょう?やりたくないならもうやらなくて良いよ?やめよう!」

「私は、今までリーダー的なことを数多くやってきましたが、それはやる気がある者同士のが集まりでの話、やりたくない者を排除できない集団のやる気をどう育てたらいいのか?…。  分からない。…

でも、子供たちが悪いという結論は出したくない。ああ、どうしよう? どうしたらやる気を引き出せるのか?」自分の限界、大きな壁にぶつかりました。

 たまたま、NPOの期間限定教師たちが集まる機会があって、それぞれ、いろいろな話を持ち寄りました。

ある先生は、社会科で鳥取と島根を間違える子が多いので「鳥取は、島根の東という歌を作っちゃった。」とか。

そのときこの先生は、今の状況を話し「どうして良いか分かんないんだ。」と自信なく言うと

「俺、先輩の先生から、大縄跳びは『思いやりのスポーツ』と言われたよ。
運動神経がよくて能力の高い子たちがいれば勝てるというものではなく、お互いを思いやってまとまっているチームが勝つ。
今のおまえは、テンパッているから、回数ばかり気にして出来ない子供を叱るだろう。すると縄跳びが嫌になってきて気持ちもバラバラになってきちゃうからなあ。

子供が失敗したら、一緒になって笑ってやれば?こけ方がおもしろいでも良いじゃないか?
要は、『乗せ方』だろうなあ。」

この先生は、「そうか!」と思い、
次の日から授業の合間や学級の時間にちょっとした2人ゲームや3人ゲームなど取り入れ、仲間意識を少しずつ少しずつ…。

 縄跳びの練習中の掛け声も変わってきました。
跳ぶ回数よりも一人ひとりに優しい声をかけ、自分も子供たちの中に入り一緒に楽しく跳びました。

次第に子供たちも縄跳びが楽しくなってきました。チャイムが鳴ってもまだやりたそうな子もいました。

 当日の朝、学校に向かう先生は「あまり眠れませんでしたが、もう子供たちを信じて任せます。」

「時間は30秒です。では、今から開始します。ピーッ!」

1、2、3、4、5、6……

「はい、そこまで!ピ ピ ピー!」

結果発表 それぞれの回数が読み上げられました。緊張の一瞬です。

 1組120回 2組125回 3組113回 4組121回

「やったー!やったー!先生、2組が優勝したよ。やったー!」

先生に駆け寄る子供たち…。
先生の目からも涙が…。

「子供たちって、すごい能力あるんですね。こちらの持っていき方次第でもっと伸ばせるんですね。
出来ないのは、子ども達が悪いんじゃない。指導者の問題なんですね。子供たちって本当にすごいですね。」

 NPOの期期間限定教師の期限は、あと一年。それからどうするのか?
この先生は、1年後改めて採用試験を受け教師を目指そうと思っているという。

      参考:2018,1,24Eテレ人生デザインU29から

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376,医も仁術


 友達が救急車で運ばれ、緊急入院した。その時のことを思い出しながら、文にしてみた。

 風邪だと思っていたが、一向に熱が下がらない。眩暈(めまい)もあり、立っていることができない。すぐに救急車を呼んだ。
救急隊員に抱えられ、杖を突き、何とか病院にたどり着いた。

詳しく調べたら新型コロナ肺炎の陽性だった。
CTスキャン、MRI検査…、

幸い脳の方に異常はなかった。だが、悪寒、吐き気、眩暈、立っていられない。ベッドから起きてトイレにも行けない。コロナ陽性ということで部屋からも出られない。

点滴を受けながら友達は、思った。「これで、終わるのか?もっとやりたいことあったなあ。」

関係していたサークル活動の人達に状況を説明し(篠笛 空手 中国語 太極拳etc)に暫く参加できない旨を連絡した。
食事も喉を通らない。温かいご飯も匂いを搔いただけで嗅いただけで吐き気をもよおす始末。

ここまで救急隊員の方々や看護師さん達が非常に良く動いてくれた沢山の病院に連絡を取ってこの病院まで搬送してくれた。「自分が何も出来ない状態での人の好意は、本当に身にしみる。」友達はつくずくそう感じた。「感謝」の言葉しかない。

 そんな中、若い女性の先生が薬や症状の説明をしてくれた。美しい声だが、蚊の鳴くような声で聞こえにくい。
何度か聞いているうちに
「先生、すいません、よく聞こえないんですが…」

「あっ、ハイ、もう少し大きな声で話しますね。」

「いえ、そうじゃないんです。余計なことですけど、先生の声は、綺麗で、上品で、育ちの良さがよく出ています。でも、声が前に通っていないので、聞きとりにくいんです。
先生、それは個人差があります。欠点と考えず、話す前に名前を呼んだらどうですか?話す弾みにもなりますし、名前を言われた方も、嬉しいですし、聞き取ろうとする気にもなりますから… 先生の声は綺麗な声ですよ。自信を持って良いんですよ。ちょっとした工夫ですよ。」

「あっ、ありがとうございます。」
 
 

 次の日、男の先生が入ってきた。

「○○さん、食事は食べましたか?」

「あんまり進みません。」

「少し熱があるからでしょう。薬と思って食べた方が良いですよ。」

「はい、ところで先生は、スポーツは何をやってたんですか?」

「剣道です。」

「やっぱりね」 

「分かりますか?」 

「分かりますよ。姿勢、対人対応…」

ベッドの横に置いた篠笛を見て先生は、言った。

「○○さんは、笛をやっていたんですか?」

「始めたばかりですけどね。佐原囃子が大好きで、子供の頃いつか吹きたいと思っていたんですけど、その機会がなかなか無くて…。
ま、子供の頃の忘れ物を今取り返そうと始めたんです。」

「じあ、下座も?」 

「いや、下座と言うより洋楽、唱歌、民謡… 佐原には佐原の歌がたくさんありますけど、香取には歌がないから香取の道をカントーリーロードで歌ったり…お陰様で良い仲間が沢山出来ました。」

「はは、香取ロードですか?」 

「僕たちは、四半調の笛を使ってますよ。」

「私達は、七本、八本調子くらいですかね。たまには六本調子も使いますけどね。」

「僕たちの下座には、音符がないんですよ。耳と頭でイメージして、とにかくうまい人の音をよく聴くこと、音を盗んで自分のものにするんですよ。」

「そりゃあ大変ですね。」

「沢山吹いていると指が音に合わせて、思い道理に動いて来るときは嬉しいですね。」

笛の穴の押さえ方も力を入れず、指を真っ直ぐ伸ばして軽く触れること。
連音のたたき?はたき?のやり方も教えてくれた。

短い時間であったが、病気を忘れて、お医者さんとの話しを楽しんでいる自分がいた。

『医は、仁術』といわれるが、患者さんには、その人の治癒力がある。その人の体験、生き甲斐などさりげなく引き出し、話しの相手が出来る、それこそ名医だろうなあ。

ともかく、人の名前をうまく呼ぶことは、『安心感』『あなたの味方ですよ』 そんな気持ちが相手に伝わっていきますね。

世の中には色々な職業があるが、笑顔で人の名前を呼ぶことは、共通した一丁目一番地なんだろうなあ。
もちろん、職場の人間関係の潤滑油にもなるだろうし…。

『仁術は、医のみならず。』そんなことを感じました。

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375,表現力


息子がお父さんに話をしている。

「今日、学校で落語家(噺家)の人が来て、体育館でいろいろな話をしてくれたんだ。」

「そりゃよかったな。で、どんな話?」

「うん。
ウナギ屋の前で、ウナギを焼くその匂いでご飯を食べた人がいてね。
お店の人がその人に
『こら、匂い代をよこせ!』と言った。

その人は、少しあったお金を道に投げたんだ。
そして素早く拾い上げて
『そっちが匂いだけなら、こっちは音だけだい。』
と言って一目散に走って行っちゃった、という話。面白かったなあ。
みんな大笑いだったよ。」

「その話、お父さんも聞いたことあるぞ。」

「そうなんだ。でも、僕は、その後の話の方が良かったなあ。」

「どんなことだい?」

「ある人が、財布を無くしたんだって。」

「それで?」

「普通に言えば、『一生懸命に探した。』これで済む。
だけど、少しその言い方を変えると、『血眼になって探した。』『目の色を変えて探した。』『無我夢中で探した。』『ムキになって探した。』『死に物狂いで探した。』『ありとあらゆる場所を探した。』…

ね、お父さん、違うよね。同じような意味でも、言い方によって聞く人の心に入っていく度合いが違うよね。

その噺家の人は、これを『表現力』と言ってたんだよ。」

「そうだね。」

「それでね、『表現力を磨くには、本を読んだり、人の話し方から学んだりすると良いんだよ。』とも教えてくれたんだ。

シンプル』と『分かりやすさ』は、違うんだって。

政治家の人たちがよく言う『地域の人たちの理解を得ないと…』と『地域の人たちの納得を得ないと…』も意味が全く違うからよく考えて聞く方がよいとも…

でね、話や文章のうまい人は、表現力が豊かで分かりやすいんだって。」

「その話は、お父さんにも参考になるなあ。
よく『難しい話は易しく、易しい話は深く、深い話は面白く』って言われてきたけど、そうだよな、そこに表現力の豊かさが加わるんだよなあ。」

その噺家さんは、他の例も挙げてくれてね、『食べる』と『平らげる』 『いっぱい』と『しこたま』 『ずるい』と『したたか』 『寒い』と『凍れる(しばれる)』『冷たい』と『冷やっこい』…

微妙に違うから日本語っておもしろいね。お父さん。」

「でもなあ、使ってないと忘れちゃうからな。
方言なんかも参考になるなあ。」

「僕、落語が好きになったよ。お父さん、今度、浅草あたりに一緒に落語を聞きに行こうよ。」

「ああ、それもいいなあ。」

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374,何故なの?


ヒデちゃんは、休み時間に、先生に質問していた。

●「先生、『十二単衣』って、知ってますか?」

「ああ、知ってるよ。平安時代の女性の服装だろう?」

「僕ね、綺麗だと思うけど、なぜそんなに重ね着するのかなあ?当時は、そんなに寒かったのかなあ?と思うんですけど…」

「ああ、ヒデちゃん、そうかもしれないぞ。今のように、電気もガスも灯油もないから、暖をとるのは、炭だけだからね。」

●「先日、家族で旅行に行った時、高速道道路の料金所に『ETC』と『一般』の表示があったの。
お父さんは、『ETC』じゃない『一般』の方に入ったの。
なぜ『ETC』じゃない方を『一般』と表示するの?
『現金』とかの方が分かりやすいのにね。

●「先生、今日、音楽の時間に習った『月の砂漠』の歌なんですけど、月に砂漠はあるんですか?この人たちは宇宙人ですか?」

「ヒデちゃん、これは、『月明りに照らされている砂漠』の情景を表しているんだよ。
王子様とお姫様が二人っきりで月明りの下を歩いている。これが昼間だったら、寂しさが消えて、幻想的な雰囲気が無くなっちゃうだろう?」

「じゃあ、『二人きり』というのが大事なんですね?
月や砂漠はそれを盛り上げているんですね。」

「ああ、そういうことだ。ヒデちゃん、もういいかい?先生も疲れちゃったよ。」

「はい、僕、この歌が好きになりました。僕が王子様で…お姫様が…」

「誰なんだい?お姫様は?」

「ええと、ええと…」

「ハッキリ言えよ。」

「でも、恥ずかしいなあ。」

「ハハハ、じゃあ、あの子ということにしておくか?」

「はい、誰にも言わないでくださいね。」

「ああ、言わないよ。」

●「先生、マスクを取ると、何故、ひどい顔に見えるんですか?」

「ヒデちゃん、『ひどい顔』はないだろうよ。」

「でも、僕が考えていた顔じゃないから、そう言ったのです。」

「それはね、マスクで見えない口元をこちらが『こうだったら美しく見える』と勝手に想像しちゃうからだよ。
期待値を高くしちゃうというのかなあ。
口の大きさ、形、歯並び、唇の厚さ…。

ヒデちゃん、マスクだけじゃないぞ。
サングラスをして、目を隠している人がそれを外したら
『あれっ?思っていた顔じゃなかった。
印象が変わった。』ということもよくあるよね。」

「そうですね。普通のメガネでも取った時の顔は、気が抜けたサイダーみたいですからね。先生。」

「それは、ちょっと違うかもしれないけどな。」

「先生、ワンちゃんやネコちゃんたちもマスクやサングラスしたら、もっと可愛らしく見えるかもしれないですね。」

「さあ、どうかなあ?」

「ヒデちゃん、君は、『窓際のトットちゃん』のような子だね。」

「先生、それは、誉め言葉ですか?」

「もちろんだよ。普通の子が気が付かないようなことによく目が行くなあと感心するよ。」

「えっ?僕は、普通じゃないんですか?」

「いや、そういう意味じゃないよ。」

「じゃあ、僕、天才ですか?」

「ああ、そうかもな。」

「そうだと言ってください。」

「ああ、天才だ。」

「良かった。」

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373,指舐め

「あなた、止めて!」

「えっ?何?」

「そうやって、無意識でやっているから、嫌なのよ。」

「えっ?何のこと?」

「新聞をめくる時に、指を舐めているでしょ?」

「そうそう、お父さんは、よくやっているよね、お母さん。」

「ああ、そのことか、そうか、そうか。」

「ヒデちゃんのクラスの先生は、指を舐めていないわよね?」

「プリントを配る時、時々やっているなあ。」

「ヒデちゃんは、どう思う?」

「僕も嫌だけど、みんなも嫌だと思っているよ。」

「じゃあ、先生に言えばいいじゃないの?」

「なかなか言えないよ。」

「新聞めくりやプリント配り、お札数え、スーパーでビニール袋を開いて広げるなど、よく見かける光景だけど、本人以外は、みんな嫌がっているのよね。」

「だからね、教室でも前の方の席は、嫌なんだって、みんな言っているよ。
先生の唾は、飛ぶし…」

「歳を取ると、指先に水分がなくなるから、紙など薄いものが掴みづらくなるのよ。だから、指を舐めるのは、歳寄りの証拠ってことね。」

「と、言うことだって、お父さん。」

「はい、はい、以後は、気を付けますよ。」


数日過ぎたころ、

シャツのボタンが取れたので、ヒデちゃんは母親に

「お母さん、ボタンが取れちゃったから、付けてくれない?」

「はい、ちょっと貸してみて…。」

母親は、裁縫道具箱から、針と糸を取り出した。
糸の先端を口に入れてから、指で丸めて針に通した。

それを見ていたヒデちゃんは

「お母さん、糸は、舐めてもいいの?」

「あらあら、見てたのね。それくらいは、いいんじゃないの?特にお母さんのは、綺麗なのよ。」

「ふーん、そうなんだ。

…『人のふり見て我が振り直せ!』って、先生が言ってたなあ。…」

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372,何年もやってるのに


友達同士が話をしている。

A:「中学校から英語勉強しているのに、実際には、自由に話せないんだよなあ。」

B:「ああ、分かるよ。俺だって同じだよ。」

A:「文章とかだと、なんとなく理解できるんだけど、話し言葉は、なあ…」

B:「実際、外人さんに話しかけられたら、イエスかノーとサンキューしか言えないよ。」

A:「本当に…何年もやっているのになあ。」

B:「俺、今、空手を習っているだろう?それも同じだなあと、最近の思って来たね。」

A:「同じって?」

B:「実際には、なかなか使えない、ってことさ。」

A:「そうなんだ。」

B:「色々な練習は、するけれど、いざとなった時に使えるものは、少ない気がするんだよ。」

A:「じゃあなぜ色々練習するの?」

B:「大会での試合とかの表現力のバリエーションの為かな?」

A:「ふーん」

B:「誰かに指示されれば、それはできるんだけど、自分では、イエス、ノー、サンキュー程度しか使えないのと同じだよ。

だから、気持ちの面で『練習は実際のつもりで』、『実際は練習のつもりで』とか、

技については、『器用貧乏になるな』と言われるけど、自分の得意技とか、自分のパターンを決めてないと、いざという時に迷うんだよなあ。
…なので、監督とかコーチとかスポーツ競技では、必要なんだろうけど…」

A:「それって、何にでも言えるよなあ。」

B:「防災、接客…咄嗟の事態に、上手く対応できない。
本当は、流暢に話せるんだけど…
本当は、強いんだけど…
本当は、…」

A:「瞬時に、事態に、正しく反応が出来るというのも、すごい能力だよなあ。」

B:「大きなことを言えば、世の指導者の質は、それで決まっちゃうからなあ。」

大方は、みんな分かっている。

だから、どうすればいいの?

二人の会話は、いつもと同じで、具体的にどうするかが出てこない。

落としどころは、フワーっとしている。

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371,女性?男性?

親子で東京に行った帰り、駅のトイレに寄ったヒデちゃんが、戻って来るなり

「お父さん、僕ビックリしたよ。」

「何かあったのか?」

「あのね、僕の隣に女の人が入って来たんだよ。」

「男のトイレにか?」

「僕、一瞬、自分が間違えたと思って、周りを見渡して確認したけど、男子トイレで間違いなかったんだよ。」

「で、どうした?」「その人ね、スラーっとしていて、奇麗な人でね、髪もロングヘアーで、何処から見ても女の人なんだよ。」

「そうなんだ。」

「僕、おしっこしているその人の下の方を分からないように覗き込んだら、立派なものが付いていたんだよ。僕の頭は、ぐちゃぐちゃになっちゃったよ。
この人は、男なの?女なの?」

「ああ、そういうことがあったのか。」

「お父さんだって驚くよ、きっと…。」

「うん、お父さんも、最近、駅の改札でスカートを穿いている男の子や化粧している男の子を見たことあるよ。」

「えーっ、そうなんだ。」

「テレビでも、女装して出ている人増えてきただろう?」

「ああ、そうだね。」

「男だから、女だから、こうでなくてはならない、という考えは、もう古いのかもしれないぞ。」

「じゃあ、僕も『今日は、スカート穿いて行こう』とか『今日は、口紅つけて出かけよう』『今日は、付け髭つけて行こう』とか自由な格好が出来るということ?」

「やがては、そんな時代が来るんじゃないかな。
言葉だってそうだぞ、ある人が言っていたけど
『トラブルが起きた時など、男言葉では、喧嘩になりやすいけど、女言葉だと喧嘩にならない』てね。」

「例えば?」

「うるさい人に『うるさい!』とか『うっせー!』と言うと相手も『何だよ!』と、かっかするけど、女言葉で『お黙り!』『うるさいわよ!』『元気だわね。』とか『てめえ、おめえ、何ほざいてんだ!』も『あなた、何言ってんのよ。』だと揉めることが少ないんだよ。

『売り言葉に買い言葉』って知ってるだろう?あれも男の方が多い気がするなあ。」

「ああ、確かに。」

「女装も、最初にやっていく人たちは、周りの常識を変えていくんだから、勇気があるし、度胸がいると思うよ。
みんなは、変な目で見られるのが嫌だからやらないだけだよ…」

「じゃあ、さっきの人も、よく考えてやっているんだね。
ふーん、そうなんだ、僕、ある意味で見直しちゃったな。」

「そうか、それは良かったな。人間生まれた時は、男も女も一緒だからな。
それに…」

「それに、何?」

「人を大きな括りで見ないことだな。男だから、女だから、日本人だから、中国人だから、アメリカ人だからとね。あくまで個人の問題何だからね。」

「うん、なんとなく分かったよ。」