これは、ある友達の回想を文にしたものです。
僕たちの学校は、大きな川沿いの小さな田舎町にありました。周りには田んぼが広がり、畑や山もあります。
当時の担任は、都会の大学を出たばかりの若い女性の先生でした。
5月のある日の朝のことです。
先生が「おはようございます!」の挨拶が終わった後、いつもと違った様子で、こう言いました。
「皆さんは花が好きですか?」
「はーい。」「すき!」「すきです。」大半の子どもたちがそう答えました。
中には、ふざけて「きらい!」という声もありました。
先生は続けて言いました。
「花には、どんな色の花がありますか?」
「赤!」「黄色!」「白!」「紫!」「ピンク」「!桃色!」「青!」「緑!」…
「えっ緑?」みんなびっくりです。
「太郎ちゃん!それ葉っぱのことじゃないの?
葉っぱと花は別のものだよ。」由紀ちゃんが太郎君に言いました。
「あっ、そうか。」太郎君のこの言葉にみんな大笑いでした。
先生は「実はね、今日は、皆さんに、この花を持ってきました。」と言いながら、教卓の脇に置いた小さな紙袋から花を取り出しました。
黄色の花でした。
「この花は何だと思いますか?」
「はい!」「はい!」
先生は、裕太君を指しました。
「タンポポです。」
すると、健二君が「先生!みんな知ってますよ。先生が聞きたいのは、セイヨウタンポポかワヨウタンポポかってことですか?」
先生は答えました。「健二君すごいね。よくそんなこと知ってますね。それでいうと、これはどこにでも咲いているセイヨウタンポポなんですね。黄色の花の代表的なものですよね。
……もう少し聞いてよいですか?
では、皆さんこのタンポポの花は、これ全体で一つの花ですか?それとも中の一つ一つが一つの花ですか?つまり全部で一つの花?それとも小さい花の集まり?」……
一瞬、教室がシーンとなりました。……。
「先生!いつだったか忘れたけれど、前にお母さんがね、小さな花の集まりだと言ってました。」と将樹君が言いました。
「そうですか。皆さんは、どちらだと思いますか?」
「一つの花? 集まり?」……。
しばらくして、先生がおもむろに
「実は将樹君のお母さんが言ったように、小さなたくさんの花の集まりがタンポポを作っているんですね。」
「じゃあ、先生!小さな花は、小タンポポですか?」純也君が言うとみんなが笑いました。ぴったりとしたネーミングだったからでしょう。
先生は、また次の質問をしました。
「では、皆さん、もう少し考えてみましょう。
タンポポは、小さな花の集まりだということは分かりました。そうですよね。小さな花の集まりだったんですよね。……
では、よいですか?よく聞いていてください。……
それならば、どのタンポポも集まっている小さなタンポポの数は同じですか?それとも、それぞれみんな集まっている花の数は違いますか?」と…。
今までそんなことは聞かれたことや考えたことがなかったので、また教室の中はシーンとなりました。
「同じです。」「違います。」
子どもたちの答えに
「本当にそうですか?」先生が念を押すと、みんな当てずっぽうで言っているのでしっかりとは答えられません。
「先生、教えて!」何人かが困ったような顔をして言いました。
先生は答えました。
「実は、先生も数えたことがないのでよく分からないのです。今日は晴れていますから、昼休みにみんなでタンポポを見つけて数えてみましょう。どうですか?」
「はーい。」「いいです。」「先生!今行きたい!」と言う子もいましたが、
先生はあっさりと「1時間目は国語です。準備をしましょう。」と言って教室を出て行きました。
「同じだと思うよ。」「違うに決まってんじゃん。」
子どもたちはしばらくタンポポの話で持ちきりでした。
キンコンカーン!昼休みです。
校庭に出て20分くらい立った頃から子どもたちは、昇降口にいる先生に駆け寄り
「先生、違いました。こっちは234,こっちは256。」
「先生、俺も違っていた。」「僕も…」「私も…」次から次へと報告がきました。
先生は、子どもたちに数えた数を覚えておくように指示しました。「教室に戻ったらみんなの結果を聞きます。それで考えましょうね。」
子どもたちは、いつもより昼休みが短く感じました。
5時間目が始まりました。
先生が子どもたちに言いました。
「皆さんどうでしたか?タンポポの集まている小さな花の数は同じでしたか?」
一斉に大きな声で「違う!」という声が返ってきました。
「そうでしたか? で、いくつありましたか?」
「240と220。」「280と300。」「えっ、そんなにありましたか?」「俺も303あったよ。」
「先生、でも大変だったよ、ぬるぬるしていて、くっついているし、チョー数えにくかったです。」と祐介君。
「元の方にハートのような鏃(やじり)のようなものがあったよ先生。」「そうそう。」と相槌を打つ子も。
「良いところに気がつきましたね。それがタンポポの種です。成長して綿毛になって地面に落ちた時に抜けないようになっているんですね。」
「これが?」「へえ、そうなんだ。」手に持っていたタンポポを見て、そう言う子もいました。
「あっ、そうか。」突然、秋子さんが大きな声で叫びました。
「なに?なに?」
みんなは、何のことか聞きたくて秋子さんの方を向きました。
「あのね、間違っているか分からないけれど、茎の真ん中に穴があいていたでしょ、あれはね、上のたくさんの花に水を送るために、あいていたんじゃないかと思ったの、それでね、もしも、木のように隙間がない茎だったらあんなにたくさんの花は、たぶん育てられないんじゃないかな?そうでしょ、先生?」
「そうだと思いますよ。あんなに細い茎なのに給水塔のように強く、強風にも耐えて上に水や栄養を届けているんですね。秋子さん、よく考えましたね。とってもいい発見ですね。」
すると一郎君が「先生、もっとたくさんの花を付けたとしたら茎ばかりでなく根っこもしっかりしてないとだめですよね。」
「そうですね。皆さんは、タンポポのどんな根を想像しますかネ…」
「先生しゃれですか?」みんなが苦笑。
先生が言いました。「誰か、考えた根を黒板に絵で書いてくれますか?」……
「はい!」「はい!」……
縦に深く書くもの、横に広く書くもの。
「もっと大きく書いて!」とか「上手い!」とか言う者もいましたが、それぞれの根の絵がが完成しました。
「説明してくれますか?」先生は、書いた子供たちに説明を求めました。
「ゴボウのように強い風が吹いても抜けない根です。」「横にしっかりと広がっています。」
「縦と横の両方を合わせた形です。」…
「そうですか。説明が分かりやすくよく分かりました。絵もそれぞれ上手ですね。皆さんは、タンポポの実際の根はどれだと思いますか?」…
「今日は、タンポポの観察をしましたが、タンポポの一つひとつは弱い花です。まとまって生活しているから育つことができるんですね。
一つの花が、やがて綿毛を付けて、風に乗って旅立ち、新しいタンポポのなるんですね。
皆さんが数えた小さな花の数だけ新しいタンポポが育つはずなんですが、…ですが、そうは問屋はおろしません。」
「えっ?」という子供もいました。
「どうしてでしょうか?みなさんも考えてみましょう。」…
「えーっと、コンクリートの上に落ちたり…」
「瓦屋根の上だったり…」
「川や海の中では咲けないし…」
「日当たりの悪いところもだめだし…」
子どもたちの声に先生が
「そうですね。運良く日当たりのよい地面に落ちた種だけがタンポポに成長できるんですね…、
中にはうまく咲けたと思ったら、鎌や草刈り道具で切られたり…。」
「えっ、かわいそう。」
「先生!それで地面は、タンポポだらけじゃないんだ。」
「タンポポは、一つひとつの花は弱いようですが、数が多いから、必ずどこかで咲くことができる、そういう意味では強い花なんですね。
そして、不思議ですよね。皆さんが数えた一つひとつの花の下(もと)のところの小さな種の中に、タンポポのすべての設計図が詰まっています。本当に不思議ですよね。…
みんさんはタンポポは好きになりましたか?」
「はーい。」
「先生!タンポポは食べられるんですか?」…
「先生!タンポポコーヒって聞いたことあったよ。」…「先生、タンポポは冬でも咲きますか?」…
「ワヨウタンポポとセイヨウタンポポって、何が違うんですか?」
「黄色以外の色もあるんですか?」など、たくさんの質問が出てきました。
キンコンカーン
「時間が来てしまいましたね。今日のように、何か疑問があったら直接自分で調べてみることですね。
みなさんのお陰で、先生もタンポポが大好きになりました。ありがとうございました。」
そう言って、先生は、深く礼をし、教室を出て行きました。
大人になった今でも、友達は、タンポポを見ると、あの日のタンポポ先生の深い授業を思い出す。…ということです。