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227,孟母三遷


僕、ピーコ ピーコ様と呼んで!

「先生がね、この前、小学校時代の先生の友達の克美君の話をしてくれたんだけど、面白かったなあ。」

「ううん、どんな話だい。」

「その克美君の家に『ピーコ』という鶏がいてね、ピーコは、自分を人間だと思っていたんだって。」

「へえ。」

「生まれた時から、一緒に家族扱いで生活しているから、風呂にも入るし、人と一緒に布団で寝るし、食事も同じテーブルで食べるというんだよ。チキンも喜んで食べるんだって。お父さん、どう思う?」

「面白い話だけど、本当か?と思うなあ。」

「周りの友達や先生自身も疑って話半分に聞いていたけど、すぐ近所の友達の清君が『それは本当だよ。遊びに行ったら、炬燵にちゃっかり座っていたよ。』と言ってくれたので、みんな『へえ、そうなんだ。』って納得したらしいよ。」

「なるほどね。」

「そしたら、当時の担任の先生が、狼に育てられた少女の話をしてくれて

『人は人との間で育っているから、人間になれている。だから、育つ環境が大事なんだ。』って教えてくれたんだって。」

「その先生、良い話をしてくれたね。」

「うん。」

「狼に育てられた少女か…、確かその話、アマラとカマラと言ったかなあ。お父さんも聞いたことあるなあ。
インドの話だったと思うよ。姿かたちは人でも中身は狼、それを初めて聞いた時は、驚いたなあ。」

「そんなに有名な話?」

「お父さんぐらいの人たちだったらみんな知っていると思うなあ。」

「そうなんだ。」

「ヒデちゃん、『孟母三遷』という中国の話も面白いよ。」

「えっ?どんな話?聞かせて。」

「中国に孟子という人がいたんだよ。」

「偉い人なの。」

「ああ、かなりね。」

「へえ、孟子?『もううし』って聞こえたけど、牛さんじゃないよね。」

「まさか。人の名前だよ。『もうし』という人だよ。」

「それで?」

「その孟子は、幼いときに父親を亡くし、母親一人の手で育てられたんだよ。
最初は、墓の近くに住んでいたんだが、孟子が葬式の真似ばかりするので教育上好ましくないと母親は思い、
お店が多い市場の近くに引っ越したんだ。そしたら、孟子は、商人の真似ばかりして遊んでいたんだ。
やはりここも好ましくないと思った母親は、今度は、学校の近くに引っ越したんだよ。
すると孟子は、祭礼の道具を並べて、儀式の真似をして遊ぶようになった。
母親は、この場所こそ孟子の教育にふさわしい所だと思って、初めて安心して住みついたという話だよ。」

「ふーん、僕は、どこでも同じだと思うけどなあ。」

「そうじゃないよ、ヒデちゃん。
子供は、周囲の影響を受けやすいので、子供の教育には環境を選ぶことが大切であるという教えなんだよ。
孟母は、孟子のお母さん、三遷は、三回住む所を変えた、という意味なんだよ。」

「そうなんだ。…僕んちの周りは…まあまあだね。お父さん。」

「お父さんとお母さんで選んだ場所だからな。」

「あっ、お父さん、人も環境だよね。そしたら、僕、弟か妹が欲しいなあ。」

「そうか、お母さんと相談してみるよ。」

「ついでにお姉ちゃんも…。」

「そりゃあ、無理だよ。」



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226,蛙の子は蛙

ダイエットしてるからスマートで奇麗でしょ?

「お父さん、隣の俊ちゃんは、大きくなったらおじさんと同じ顔になるの?」

「あはは、そんなことはないよ。」

「だって、カエルの子はカエルで、みんな同じようになってるじゃないか?」

「カエルだってみんな同じ顔じゃないんだよ。」

「えっ、そうなの?」

「隣の俊ちゃんはおじさんとおばさんの遺伝子をもらっているから、両親に似ては来るけど、全く同じという訳じゃないんだよ。」

「じゃあ、お父さん、絵の具の赤と白を混ぜたら桃色になるのと同じ?」

「そう単純じゃないけど、まあ、そういうことだね。」

「今度、その桃色に黄色を混ぜたらオレンジになるしね。」

「ああ。本当は、もっと複雑で、白が多いか、赤が多いかで桃色もたくさんできるだろう?しかも、そのような部分がたくさんあるってことだな。顔だけだって目も鼻も唇も…」

「じゃあ、お父さん、同じ顔の人ってこの世の中には絶対にいないってこと?」

「そういうことだね。似た人は、いるかもしれないけどね。」

「ふーん、そうなんだ。ふーん。」

「何をそんなに感心しているんだい?」

「だって、僕って、今までの人間の歴史の中でも、この世にたった一つしかないんでしょ?そしたら…もっと自分を大事にしようと思たんだよ。」

「そりゃあ、そうだとも。」…。

「でもね、顔や性格はピッタリじゃなくても、親子だなあって分かることは一杯あるよ。」

「例えば?」

「目は、お母さんにそっくり、口や耳は、お父さんにそっくり、笑い方や、あくびの仕方、歩き方、気質、病気など色々あるよ。」

「そうなんだ。じゃあ、僕がお父さんからもらったものでは…『忘れっぽさ』もそうかな?」

「そりゃあ、お母さんからだろう?」

「あはは。」

「兄弟でも親からもらった部分が違うから、顔も性格も違うよね。」

「うん。」

「生命って本当に不思議だよなあ。小さな卵の中に設計図があるんだからね。」

「うん。」

「今の科学では、その設計図まで変えられるようになってきているからね。」

「そうなんだ。…お父さん、犬と猫が結婚しても、犬猫の子は生まれないよね?」

「ああ、持っている遺伝子の種類が違うからね。」

「ああ良かった。僕もそうは思っていたけど、合っててよかった。」

「そうか。」

「じゃあ、人魚とかスフィンクスなんかあり得ないよね。」

「そうだね。今の所…」…

「でも、よかった。僕は、人間に生まれて、しかもこの家で、お父さんとお母さんの子どもで良かったなあ。」

「そうか。だけど…カエルの子は、カエルだぞ。」

「何?何?」

「いや、何でもないよ。」お父さんは、言わなきゃよかったと反省しました。

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225,セリ、ナズナ


これは何?  蕗の薹だよ。食べられるの?  がん予防にもいいという人もいるよ。

二人の若者が田舎道を歩いている。

「蕗の薹(ふきのとう)がもう出てきたのか?」

「どれ?どれ?それがそうなのか?」

「えっ?蕗の薹も知らないの?」

「知らないなあ。」

「風は冷たいけど、春も近いなあ。」

「お前、植物に詳しそうだな?」

「そんなこと無いけど、中学校時、理科の先生に無理矢理覚えさせられたんだよ。」

「じゃあ、春の七草なんて言えるの?」

「ああ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだろ?」

「凄いね。」

「5757で覚えさせられたよ。何回も言わされて…」

「自慢じゃないけど、俺なんか何にも知らないよ。」

「その先生も言ってたよ。
『私は草花など好きではないし、何の興味も無かった。誰も教えてくれないし、聞く気もなかった。
父親に『山に行って榊(サカキ)を取ってこい!』と言われても、どれが榊か分からず、似たような葉を取ってきて『違う!』と叱られたこともあった。
だから、君たちには、自然を知る一つの入り口として簡単な身近な草花を覚えて欲しい』と。」

「へえ。」

「授業中に野外にみんなで行って、指定された草花を採集し、スケッチを強要されてさ、しかも、それぞれの草花に俳句というか川柳というか575でまとめの宿題、最後には先生自作のビデオで名前を答えるテストがあって、合格しないと何度も残されて覚えさせられたよ。」

「そこまでやれば覚えるよね。」

「オオイヌノフグリとか、ブタクサ、ヘクソカズラなんて変な名前だろう?名前を付けた学者は、覚えて欲しいから記憶に残るように、敢えて変な名前を付けたんだって。」

「そうなんだ。」

「オオイヌノフグリなんて、小さな綺麗な花なのに、犬のタマタマなんて付けられちゃって可哀想だけどな。」

「えっ?そういう意味なの?」

「もう忘れないだろう?」

「確かに…」

花粉症か?

「草花の名前なんか知ら無くても、生きていけるけど、知っていると季節を感じたり、日々の生活が少し豊かになるんじゃないのかなあ。」

「そうなんだ。」

「今はスマフォで名前もすぐ調べられるから便利だけど、逆に苦労してないから覚えないんだよな。」

「それは言えるよな。」

「あの先生には感謝しているよ。
『教科書読んでおけ。黒板写して覚えろ!』だけの先生もいるのに…。
教材の見える化、立体化、体験、応用…そこまでやらなくても良いのに…。
生徒たちが本当の知識が身に付くように、色々工夫して教えてくれていたから、授業も楽しかったよ。」

「そうなんだ。」

「俺も会社のプレゼンなどにも生かそうと思っているんだけど、まだまだだなあ。」

「なるほどなあ。お前と話してたら、何となく草花に興味が出てきたよ。」

「そうか?」

「あちゃーっ、滑ると思ったら、犬のうんこ踏んじゃったよ。」

「ぶーっ、ふふふ。それで俺の車に乗らないでくれよな。」

オオイヌノフグリ すごいネーミングだね。 覚えた?

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224,チップ

早く家に帰りたいよー。

私の家は、駅から歩いて5分くらいの所にあります。

この日は、猛烈な雨。とても歩いては帰れない。そこで、仕方なくタクシーに乗りました。

行き先を告げると、案の定、運転手さんが急に不機嫌になったんですね。

「近くて申し訳ありません。」私はそう言いました。

だが、運転手さんは、返事もしません。

運転も荒いように思えました。

「着きましたよ。」

「こんな近い所なのに、申し訳ありませんでした。ありがとうございました。」

私は、少し大き目のお札を出し「お釣りは良いですよ。」

すると、運転手さんの態度がすっかり変わりました。

「濡れますから、もう少し近くに寄せますね。」

「ありがとうございます。」

「滑りますから、足下に気をつけてくださいね。」とまで。

 私は、今まで、人にチップをやるなどは、傲慢な人だと思っていたが、今日は、考えを改めさせられました。

 あの運転手さんは、きっと、次のお客さんにも、あの笑顔で接するだろう。するとそのお客さんも、また次へ…。

ちょっとした額のチップなのに、笑顔の繋がりに役立ったのか。

イエローハットの創業者で、トイレ掃除で有名な「日本を美しくする会」の鍵山秀三郎さんが講演でそんな話をされていました。

笑顔・幸せの輪…考えさせられました。

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223,保健室

いつ行っても笑顔で対応してくれるやさしい先生。大好き! 

学校の保健室でお世話になった経験は誰でもあると思いますが、安心できる場所ですよね。

 私自身の記憶では、小学校の時が多かったように思います。
小さなことでは、切り傷、ケンカでの鼻血など、大きな事故では…いくつか有ります。お世話のなりました。

〇鉄棒で、毛糸の手袋をしたまま前回りをして、手が滑って地面にたたきつけられたことがあります。

保健室のベッドでしばらく休み、近くの親戚のおばさんの家で、また休みました。

夕方、父が自転車で迎えに来て家まで乗せてくれたこと、などを思い出します。(小1)

 

〇昼休み、友達と砂場で、幅跳び競争をしていたとき、負けないように裸足になって跳んだ。

「わーっ!」太いさびた古釘を左足の土踏まずに刺してしまった。

「痛い!」泣きながら友達と保健室に行った。釘は3cm位は入っていた。

「あらあら、今抜いてあげるからね。」
養護の先生は、ピンセットでは抜けそうもないと判断し、職員室からペンチを持ってきて、抜こうとした。

この先生は、年を取った華奢な人で、ゆっくり、優しく、何度も何度も引き抜こうとしたが抜けず。その度に痛みが走った。

「痛い!」「痛い!」

担任の男の先生が見かねて、養護の先生と代わり「いいか、我慢しろよ!」と言うなり勢いよく抜いてくれた。

痛みがスーッと収まった。

「助かった。ありがとう先生!」そして、養護の先生は、消毒をして、包帯を巻いてくれた。

刺さったときより、抜く方が数倍痛いことを我が身で体験した。

田舎だったので病院にも行かず、暫くして傷もふさがり完治。(小3)

思い出すだけで、あの痛みが戻ってきます。

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222,棒人間

うまいね。この絵は。誰が描いたのかなあ。

「おお、ヒデちゃん、絵がうまくなったね。」

「そーお?何回か書き直したんだけど、まだまだ、思った通りに描けないんだよ。先生は、『最初の線は消さない』と教えてくれたけど、うまく行かないんだよ。」

「お父さんも絵は、苦手だなあ。子どもの頃の苦い経験があるんだよ。」

「えっ、そうなの。」

「3歳くらいの話だけどね。初めてクレヨン買ってもらったんだ。」

「いい匂いしたでしょ?」

「うん、それで紙にお父さんとお母さんの絵を描いたんだよ。」

「うまく描けたの?」

「棒人間みたいだったかなあ。」

「3歳だものね。」

「それを見たおばあさんが、すごく誉めてくれて、嬉しかったなあ。」

「よく覚えているね。」

「うん、その後があるからだよ。」

「その後?それでどうなったの?」

「家で一人になった時、もっと誉めてもらおうと、大きな絵を描いたんだよ。」

「どこに?」

「それがね、襖なんだよ。」

「お父さん、それってまずいんじゃないの?」

「そう思うか?」

「だって、襖でしょう?」

「うん、家の人が帰って来たら、たくさん誉められるだろうと思って4枚くらいに大きく描いたかなあ。…

ところが、帰ってきたお母さんに
『見て!すごいでしょ?』と意気揚々と言ったんだ。そしたら…

天国から地獄とはこのことだね。
お母さんに叱られ、お父さんにも、おばあちゃんにも叱られたんだよ。」

「そりゃ、そうでしょう。」

「でもその時は、なぜ、いけないのか良く分からなかったよ。」

「ああ、3歳だものね。」

「それからは、絵が描けなくなったんだよ。」

「それでよく覚えているんだね。お父さん。」

「ヒデちゃんはそんなことしないでね。」

「アハ、しないよ、でもお父さんに誉められたから、自動車にこの絵を描いちゃうかもよ。」

「じゃあ、さっき誉めたのは、取り消すよ。」

「嘘だよ、お父さん。でも、その襖の絵も誉められていたら、どうなっていたんだろうね?」

「世界でも有名な画家に…ということはないか?」

「アハハハ。」

「ま、もう少し頑張れば?」

「うん。」


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221,光の速さ


「お父さん、光って、1秒間に地球を七周り半すると、先生が言っていたけど、どういうこと?」

「先生は、なんって言ってた?」

「僕、話をよく聞いていなかったから分かんないんだ。」

「おや、おや、しょうがないなあ。お父さんだって良く分かんないけど…」

「光の速さは、1秒間に30万kmなんだよ。」

「うん。」

「地球の周囲が4万kmなんだよ。だから30万÷4万=7,5となるだろう。だから、七回と半周ってことだよ。」

「ああ、そういうことか。分かったよ。お父さん。」

「でもそんなに速い光の速度は、どうして分かったの?」

「そう来たか?お父さんは文系だから詳しくは分からないけど、

昔、読んだ本では、10km位離れた所に鏡を置いて、光をそれに当てて跳ね返ってきた時間を調べたんだ。だけど、あっという間なので、測れなかったんだよ。

そこで、光を出すところと鏡の間に歯車を横向きに置いて回すと鏡で跳ね返って来た光が歯車の次の歯に邪魔されて戻ってこれなくなるだろ。連続して歯車を回すと、明暗明暗のパルスができるよね。

それを使って、歯車の回転や鏡までの距離から計算したらしいよ。確かフランスのフィゾーとか言う人がやったと思うけど…150年位前の話かなあ。今はもっと、精密な機械でやっているだろうけど…」

「難しいね、お父さん。」

「ああ、それ以上は、聞かないでくれよ。」

「うん。」

「ところで、おとぎ話の『浦島太郎』って知ってるだろう?」

「うん。亀を助けた人でしょう?竜宮城から戻って来たら、みんな歳を取っていたという話だよね。」

「そうそう、実は光の速さの乗り物で旅行をすると、地球では何年も過ぎているのに、自分は年を取らないんだって。まさしく浦島太郎の世界になるんだよ。」

「えっ、そんなことあるの?」

「光速の世界では、時間や空間や質量(重さ)なんかも変わっちゃうらしいよ。
学校の図書室にも『やさしい相対性理論』みたいな本があったら見てみなよ。きっとあると思うから。」

「難しそうだけど、面白そうだね。」

「そしたら今度、お父さんに教えてくれないか?」

「うん、わかった。」…

むかしむかし、浦島は、助けた亀に連れられて、竜宮城に
お父さんは、思わずそんな歌を口ずさみながらベランダに出て行きました。

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220,少し休憩


時々僕もやんちゃなことするよ

●「サルは、時々、長い髪の人を見つけると、襲って髪を抜くらしいよ。」
「何なのそれ?」
「2、3本よじって、糸ようじ代わりにして歯に詰まったものを取るらしいよ。」
「へえ、取れるんだ。俺もやってみようかな?」
「大丈夫、君は髪がないから大丈夫だよ。」

●「ねえ、真由!きょうオレんちへ来ない?あそぼ?オレ、今日一人なんだ!」
「僕も行っていいかな?」
「だめ!オメーは、男だからだめに決まってんだろーが」
「ええっ?けち!」
「けちじゃねーよ、けちはテメーだろ?」「そんなこと言わないでよ。」
「うるせー、早く消えちまえ!」

※男言葉女言葉の境がなくなってきている

●「ちょっとお願い、そこのゴミ拾って!」と頼むと
「えーっ?なんで私がやらないといけないんですか?」。
(私の仕事は勉強すること私がゴミを拾う理由はない)

●朝、交通安全指導をしている方が、子供の手袋を見つけ
「これ落ちていたんだけど、誰か先生に渡してくれるかなあ?」と、通りがかりの小学校低学年に言うと
「職員室はあちらですよ。おじさん」。(僕は郵便屋さんではありません)

●「Kちゃん、TVばかり見ていないで早く宿題やっちゃいなさいよ!」
「分かった。」
しばらくして
「まだやっていないの?」
「もう少ししたらやる。」
また、しばらくして
「いい加減にしなさいよ!ママ怒るから…」
「もうとっくに怒ってんじゃん。」
「まったくこの子は…TV消すわよ!早くやんなさいよ。」
「ママ、しつこいよ!今やろうと思っていたけど、もうやる気なくなった。ママがやってくんないかなあ。」(やりたくない理由は何でもいいのです。)

●「おーい、背中が痒いから、110番してくれ!」
「あなた、119番じゃないの?」
「えっ?パパ、ママ、孫の手はここにあるよ。」

●「おーい、そこのカラスさん、引かれちゃうから こっちに来な!
「カアー、カアー」
「お前英語うまいな。自動車が来たのか?」(カラスが人の言葉分かるか?)

●新聞を読んでいるお父さんの頭にハエが止まった。
お母さんが「あなた、ハエが頭に止まっているわよ。ゴミ箱と間違えたんじゃないの?」

お父さんは「ゴミ箱が口きくか?」と。
「あら、変ねえ、最近の粗大ゴミは言い返すんですね。」とお母さん。
「誰に言ってるんだ?本当に壊れたラジオはうるさいなあ。」
「誰が壊れたラジオなの?私は事実を言っただけよ。あなた、聞いているの?」
「はい、はい、分かりました。俺の独り言だよ。」
「まったく話にならないわ。面倒くさい人。」とお母さん。…
「おい!お前、ハエがお前の方に行ったぞ。」
「やめてよ。私はいつも清潔なんだから。ハエさん、止まるところ間違えてんじゃないの?あのゴミ箱の頭の所に行きなさいよ。」
「うるさい。黙れ。
頼むよ、静かにしてくれよ。
お前はずっとハエと話をしていいから。どうやらハエはお前が好きになったようだし…」
「するわけないでしょ。」

●イソップ物語のカラスは、瓶に入った少ない水に石を入れて、水かさを上げて水を飲むが、最近のカラスは、瓶を倒して水を飲む。(カラスも色々考える)

●持ち物には名前を書いておけよ。表札も同じだ。(???ちょっと違うんじゃないの?)

●「免許証見せてください。」
「ハイどうぞ。」…
「お宅さん、生年月日、11月の1を削っていないか?」
「はい、早く免許更新したかったので…。」
「駄目だよ。子どもみたいに加工しちゃ。」
「じゃあまた、マジックで書いておきます。」

●「あら、奥様、可愛いお犬ちゃんね。お名前は?」
「『ネコ』というのよ。」
「あら、うちの猫ちゃんは、『イヌ』というのよ。」

僕の名前は、猫です。

有一家夫妇的对话

妻子: 咦,老公,现在你的头上停着苍蝇呢。它好像把你的头当成垃圾桶呢。

丈夫:  什么?老婆,垃圾桶怎么也能说话呀?

妻子:  那,奇怪。最近的垃圾桶能还嘴吗?

丈夫:  什么?老婆,谁是垃圾桶呀? 坏的收音机坏了吗?怎么这么闹,真是的。

妻子:  哎哟,谁是坏了的收音机?我说的是真的嘛!。老公,你听得懂吗?

丈夫: 好了,好了。 我是自言自语。

妻子: 太不像话呀。这个人真麻烦。

丈夫: 咦,老婆,苍蝇向你飞过去了。 

妻子: 不要,不要。苍蝇你停错了。我从来都很干净啊,你们得停上那个垃圾桶呢。

丈夫:  闭嘴!住嘴!老婆!你可以跟苍蝇一直对话呀。

看起来苍蝇变成太喜欢您了。

妻子: 跟苍蝇一直对话,我才不呢。别说了,不然,我可生气了。

丈夫:  你不是已经生气了吗?

全米ヨガアライアンス協会認定RYT200【ゼロカラYOGA】ゼロから学べるカリキュラム
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219,言葉の重み

ヘレンケラーの名言

 映画「奇跡の人」でご存じのように、1880年生まれのヘレン・ケラーは、生後19カ月で子供の頃の熱病で目(視覚)、耳(聴覚)失い、当然ながら話すこともままならず、三重苦で知られている人です。
アン・サリバン先生(当時21歳)との出会いで、愛情に裏打ちされた厳しさ、先生の献身的な対応とで苦労を乗り越え、言葉を覚え、大学も卒業し、障がい者救済のために一生をささげた人です。
日本には、3回訪れています。
1968年、88歳の誕生日を目前に逝去されました。

五体満足の私たちには、ヘレンの言葉が非常に重く感じます。
彼女の言葉の一部ですが、元気を頂ける名言として紹介します。

・顔をいつも太陽のほうに向けていれば、影なんて見ていることはないわ。

・世界で最も素晴らしく、最も美しいものは、目で見たり手で触れたりすることはできません。
それは、心で感じなければならないのです。

・世の中はつらいことでいっぱいですが、それに打ち勝つことも満ち溢れています。

・うつむいてはいけない。いつも頭を高くあげて、世の中を真っ正面から見つめなさい。

・自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれないのです。

・始めは、とても難しいことも、続けていけば簡単になります。

・大きな目標があるのに、小さなことにこだわるのは愚かなことです。

・もしも、この世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう。

・盲目であることは、悲しいことです。けれど、目が見えるのに見ようとしないのは、もっと悲しいことです。ビジョンのない人は最も哀れです。

・みんながみんなのために働く、それが本当の人間愛であり愛国心だと思います。

・自分の欠点を直視し認めることです。ただし欠点に振り回されてはいけません。忍耐力、優しさ、人を見抜く目を欠点から学びましょう。

・目に見えるものは移ろいやすいけれど、目に見えないものは永遠に変わりません。

・心ある人々が悪魔との戦いに長い時間を費やしています。これは素晴らしいことですが、その人たちが同じエネルギーを人々のために使えば、悪魔は退屈してすぐに退散してしまう。

・幸せとは、視野の広い深遠な知識をもつことです。
その知識とは、嘘と真実、低俗なものと高尚なものを見分ける力です。

・第六感は誰にもあります。それは心の感覚で、見る、聴く、感じることがいっぺんにいっぺんにできるのです。

・もし幸福な生活を送りたいと思う人々がほんの一瞬でも胸に手を当てて考えれば、心の底からしみじみと感じられる喜びは、足下に生える雑草や朝日にきらめく花の露と同様、無数にあることがわかるでしょう。

・私たちにとって敵とは、「ためらい」です。自分でこんな人間だと思ってしまえば、それだけの人間にしかなれないのです。

・元気を出しなさい。今日の失敗ではなく、明日訪れるかもしれない成功について考えるのです。

・人の苦しみをやわらげてあげられる限り、生きている意味はあるのです。

・本当の教育は、知性と美しさと善良さを組み合わせたものです。そしてこのうち一番大切なものは、善良さです。

・悲観論者が、星についての新発見をしたり、海図にない陸地を目指して航海したり、精神世界に新しい扉を開いたことは、いまだかつてない。

・私は素晴らしく尊い仕事をしたいと心から思っている。でも私がやらなければならないのは、小さな仕事をも素晴らしくて尊い仕事と同じように立派にやり遂げることなのだ。

・ひとつの幸せのドアが閉じる時、もうひとつのドアが開く。しかし、よく私たちは閉じたドアばかりに目を奪われ、開いたドアには気付かないのです。

・人生は胸おどるものです。そしてもっともワクワクするのは、人のために生きてると感じたときです。

・私は、自分の障害を神に感謝しています。私が自分を見出し、生涯の仕事、そして神を見つけることができたのも、この障害を通してだったからです。


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218,蝶と蛾

左は、カラスアゲハ(蝶)と右は、オオミズアオ(蛾)

「お父さん、窓閉めて!虫が入って来るよ。」

「ああ、そうか?じゃあ網戸にするか。」

「お父さん、こっちの窓に、蝶々が止まっているよ。」

「そりゃあ、、蝶じゃないよ、蛾だよ。」

「えっ?蝶と蛾って違うの?」

「詳しいことはお父さんも分からないけど、蝶は奇麗で、蛾は汚いイメージがあるなあ。」

「えっ?そうなんだ。で、どうやって見分けるの?」

「夜行性か昼行性か、触角の違いや止まり方の違いで見分けるらしいよ。」

「へえー、そうなんだ。」

「以前に聞いたことあるけど、大昔、昆虫の中から夜行性の蛾が誕生し、暫く繁栄を続けていたんだよ。そのうちに昼間も活動するものが出てきて蝶になったらしいよ。」

「へえ、蛾が先なんだ。」

「簡単に言うと、蛾の一部が違った進化を遂げ、蝶とよばれるものになったんだよ。

日本では蝶と蛾をはっきり分けているけど、外国ではフランスやドイツなどのように1つの仲間として扱っているところもあるんだよ。
分類しても例外もあるし、国や専門家によっても扱いが違うらしいよ。」

「ふーん。」

「乱暴な言い方だけど、人が追いかけるのが蝶で、人が逃げるのが蛾ってことだね。」

「なるほどね。」

「ヒデちゃんは、蝶と蛾のどっちが好き?」

「いやあ、僕は、どっちも苦手だなあ。」

「お母さんは、蝶が大好きらしいぞ。」

「ムムム…」

美顔器のようなシャワーヘッド