
歯医者さんで、順番を待って座っていたら、治療を終えた小学校低学年くらいの子供が母親の所に来て
「終わったよ。ママ。」
「痛くなかったでしょ?」
「うん、だけど、あのキーンという音は嫌だなあ。」
「ママだってそうよ。よく我慢したから、チョコレート買ってあげるね。」
「やったー。あれ?チョコレートは虫歯になるんじゃないの?」
「よく磨けばいいんじゃないの?」
「そうだね、ママ。」…
「ママ、今日は女の先生だったけど、日本語って大変だね。」
「なに気取って言ってるの?」
「だってさあ、『お口、開けてください。』『お口、閉じてください。』『嚙んでください。』『良くゆすいでください。』『もっと大きく開けてください。』『ちょっと我慢してください。』『痛かったら左手を上げてください。』…数えていなかったけど、『〇〇してください。』を30回くらい言ってたよ。一日10人見たとしたら、えーと…」
「300回でしょ?それがどうしたの?」
「大変だなあと思ってね。僕、歯医者さんになるのやめるよ。」
「あらあら、そうなの?で、いつ歯医者さんになろうと思ったの?」
「昨日の夜だよ。…ねえ、ママ、もっと短い言葉、使えないのかなあ?」
「例えば、どんな風に?」
「『ください』を省略して、開けて!閉じて!噛んで!…ではダメ?」
「それじゃ命令されているようで、感じが悪いわよ。
でもね、男の先生は、『はい、お口、開けて!』『はい、閉じて!』と前に『はい』を付け加えて言っているわよね。」
「うん、ママ、僕、今考えているんだ。『お口、開けてください。』を省略して『お口、開けてくさい。』…あれ?これじゃ変だなあ。『お口、閉じてください。』も『お口、閉じてくさい。』でもおかしいなあ。」
「アハハ、何言ってんの?面白いわね、あなたは。」
「ママ、何回も同じことを言う先生も大変だけど、聞く方も大変になるよね。」
「ママの友達が言っていたけどね、英語や中国語などの外国語では、日本語ほど丁寧な言い方はしないらしいわよ。その代わり、聞いた方の人が判断するんだって。『 open』って意味分かる?」
「うん、開けるでしょ?」
「この『open!』も、その人の表情や言い方で『開けろ!』なのか『開けてください。』なのか感じ取るらしいわよ。だから、みんな表情や表現が豊かなんだって。
日本語は、言葉は丁寧だけど言っている人の表情はどちらかというと硬いわよね。今日の歯医者さんの言い方は、丁寧言葉が、かえって邪魔になっている例だわよね。
でも、あなたは良いとこに気が付いたわね。今度、先生に言ってみたら?」
「うん。今、考え中…」。
私の順番が来て、名前を呼ばれたので、その母子の前を通って診察室に向かいました。
「いいお話ですね。勉強になりました。息子さんの将来も楽しみですね。」思わずそんな声をかけてしまいました。
「ありがとうございます。」
「僕も頑張ってね。」…
※この母子の会話を聞いて、「○○してください。」「よろしくお願いします。」私たちは、何気なく使っていますが、丁寧言葉の羅列が本命の言葉を薄めていること、「○○してください。」の「ください。」を使わなくても良いように表情、言葉選び、身振り手振り等、身体全体を使って表現を工夫してみようという気持ちになってきました。

声が変わると生き方が変わる