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海外を一人で旅している僕が、ある国の田舎の村を訪れた時のことだ。
日が沈みかけ、一日の終わりを告げようとしている。
予定が大幅にずれてしまい、町に帰れなくなってしまった。
やむなく村人の家に泊まることになった。
一人の村人に理由を説明し、泊めてくれるよう頼むと、快く受け入れてくれた。
村人は、見た感じで60歳前後の人のようだった。
「何もねえけどいいかい?」
「寝られれば十分ですよ。」
「どこから来たんだい?」
「日本という国からです。」
「知らねーな。」
「遠い国ですからね。」
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「近くの川でちょっと魚をとってくっからゆっくりしていな。」
その村人は、細い竹に糸と針をくくりつけただけの釣り竿らしきものと、小さな籠を持ってスタスタと出かけていった。
僕は、村人の家の周りを足の向くままに、ふらふらと歩いてみた。
時々、風が木々の小枝や葉を揺らす音、小さな虫の鳴く声、暮れかけた小焼けに浮かぶ山々の姿…。
全く静かな場所だ。どこかの家で夕飯の支度をしているのだろうか、火を焚く音と煙のにおいがする。
「ああ、時間の経つのを忘れてしまいそうだ。」
一瞬、あたかも自分が遠い遠い昔に体験したかのような記憶がふと頭をよぎる。
「何もないけど、静かで落ち着くなあ。」庭の腰掛けらしきものに身体を横にすると、ついウトウトしてしまった。
「おうい、魚とってきたぞお。」声のする方を見るとあの村人だった。
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「うー、う、ああ。たくさんとれましたか?」
「ああ、一匹だけだ。」
「そうですか、川にはあまり魚がいないんですね。それとも餌か釣り竿が悪かったんですかね。」
「いやあ、川には、魚はたくさんいたよ。捕ろうと思えば何匹でも釣れるよ。」
「じゃあ、どうして一匹だけなんですか?」
「今夜、おらとお前さん二人で食べる分だけでいいだろうが。」
「えっ?そうなんですか?そんなに魚がいるなら、たくさん捕って町にでも行って売ればいいじゃないですか。もったいないですよ。」
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「そうか?魚だって生きているんだぞ。おらたちは、魚に感謝しながら、自分が食べる分だけ捕る。食べきれない分は捕らないよ。」
「本当にもったいないと思いますよ。魚をお金に換えて、その金で、電気を通したり、美味しい食べ物、きれいな家、自動車、何でも買えますよ。」
「魚は、そんなこと望まねえよ。」
「魚じゃなくて、あなたのことですよ。」
「おらたちは、そんなこと考えたことなんか無いさ、第一、電気って何だ、自動車って言ったっけ、それもどんな物だか分かんねえな。」
「要するに、生活が豊かになるってことですよ。」
「は?豊かって何だ?」
「うーん、いい暮らしができるってことかな。」
「ふーん、魚をたくさん捕ると、いい暮らしができる?ふーん、そうなんだ。」…。
「じゃあ夕飯の支度をするぞ。」
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「手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ、何もすることがねえなら、少し寝ていていいぞ。」
夕飯は、決して美味しいというものではないが、釣ってきた魚と菜っぱものと、ご飯らしきもので腹を満たすには十分であった。
二人で床につき、横になりながら、天井を見つめ、それぞれの家族のことや村のことなどそれとなく語り合った。
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「さっきの魚の話だけんどな、
もしも十匹捕って、おらが売ろうとしても、売れないだろうな。
そしたら、俺が売ってやるという奴が出てくるだろう。
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どうせお前一人では、一匹ぐらいしか売れないし、食べるのだって一匹で十分、残りの魚は、みんな腐っちゃうんだからと言って、三匹分の値段で買いたたかれる。
そいつが町に出て売ろうとしたら、その上の奴がいる。
俺がまとめて買うからと三匹分の値段で、また買い取られる。そして、またその上が、またまたその上が…。
結局儲けるのは、最後の人だけ、途中段階の人達はほんの少々…。
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『もっと捕ってきてくれ!』
『採りすぎたから値段を下げることになった!』
『形が悪いから…。』等々、
このような一番上の者からの指令のまま働かされ、時には隣の村と魚を捕る場所で揉め、血で血を洗う争いも…。
そして、ついに、川に魚はいなくなる…。
子供の頃に、村の長老が、そんなようなこと話していたのを思い出したよ。欲をかくのはきりがねえってね。
そのずっと上には、人々のその欲を利用した者がいるってね…。
ま、そういう考えもあるってことさ。
だからさ、俺は、自分で食べる分の一匹しかとらねえんだ…。」
僕は、頭の中が混乱してしまった。言い返すことすらできなかった。
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「もう遅いから寝るべえよ。」
「ああ。」
「明日、明るいうちに川に行ってみっか?」
「ああ。」
「明日も天気だといいなあ。」
「ああ。」
僕は、「ああ」しか、口から出なかった。
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