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パナシ

322,胃瘻


 がん治療で入院していた友達が無事帰ってきた。

「よかったなあ、無事帰れて。」

「うん、大きい病院だったから、管理がしっかりしていたし、食事もおいしかった。

暑さ寒さも感じず、快適で、安心して入院生活ができたよ。

だけどなあ、自由に外に行ったり、食べたいものを食べたり、ちょっと遅くまでテレビを見たりという自由さがないんだよなあ。
そういう意味では、言葉が悪いけど監獄みたいだったよ。
規則正しい入院生活、それが自分にとって最良の方法だってことは分かっているんだけどね。早く家に帰りたかったなあ。」

「そうだったのか。」

「いいこともあったよ。病院でね、面白いおばあさんに出会ったんだよ。」

「へえ。」

「休憩室でテレビを見ていたら声をかけてきてね。」

「旦那さん、失礼ですが、お歳は、60代半ばですか?」

「いやあ嬉しいですね。72歳何ですよ。」

「お若く見えますよ。」

「そうですか?ありがとうございます。」

「私は、92歳何ですよ。」

「えっ?ウソでしょう?私には、70歳代に見えますよ。」
女優の草笛光子のように背筋が伸び、ショートカットできているものも粋でどこか品がある。


私は聞いた。「どこが悪いんですか?」

「喉頭がんなのよ。」

「そうなんですか。」

「だから、遺漏で食事をとっているの。」

「そうなんですか。」

「遺漏でバランスの良い食事ができるから長生きできたのよ。喉頭がんにならなかったら、好き放題な食事をしていたから、もうとっくに亡くなっていたかもしれないのよ。だから、がん様様、遺漏様様なのよ。」

「ちょっと待ってください。その考えって、凄い考えですよ。
普通じゃないですよね。
どうして、そう考えられるんですか?」

「私にも良く分かんないけど、人は自分で生きているようだけど、色んなものに生かされているのよね。
だから、色んなことに感謝しようと思えてきたの。がんのお陰、遺漏のお陰、お医者さんのお陰、世話をしてくれる華族のお陰、にこやかな看護婦さんのお陰、バランスのいい食事を考えてくれているスタッフのお陰…あなたのお陰で私は、気持ちよくこうやってお話ができるのよ。」

「へえ、素晴らしい。あなたは神様のような人ですね。良かったです。お話ができ、色々聞けて。」

「ああそう。私も嬉しいわよ。」

「それが若さと健康の秘訣ですかね。」

「私にも分からないですけど、感謝をしている時の顔は、自然の笑みに満たされていると言われますからね。」

「ふーん、がんにも感謝ですか…
私も92歳まで生きられますかね。」

「さあ、どうでしょう?でも、お仲間が増えたようで嬉しいわ。」…

そして、友達は、私に言った。

「良い話だったよ。俺、あの人に感化されたのかなあ。退院してから、俺、この所、調子が良いんだ。」

「ははは、頑張って長生きしろよ!」

「家の周りが草茫々だけど、『美味しい空気を有難う!』って感じかな?」

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