なぜうちの子は選ばれないの?
ある小学校での出来事です。
「校長先生、大変です。今、田村さんのお母さんが学校に来て、話をしたいと。」
担任であり、陸上の顧問をしている小野寺先生が校長室に入るなり、そう言いました。
「何かあったの?」
「実は、田村君、今回の100m走の学校代表選考に漏れちゃったんです。
それでお母さんが、『どうしてうちの子が選ばれなかったんですか?コースはちゃんと100m取ったんですか?』と、電話でいくら説明しても聞く耳を持たず、もう一回選考会をやり直して欲しいと言うんです。
それで、校長先生に直接会って話がしたいと…。」
「それで、こちらに何か落ち度はありますか?」校長先生が聞きました。
「カーブは有りますが、100mはきちんと取ってやりました。一発勝負だということは、走った子供たちは納得しています。」
「で、田村君は、走るのが速いの?」
「はい、今回は、菊池君が選ばれましたが、彼とも勝ったり負けたりですね。」
「で、お母さんはどういう人?」
「すごく熱心な方ですが、自分の子中心にものを考えがちな人です。」…
「はい、分かりました。この件は、私に預けさせてください。」
「よろしくお願いします。」
田村君のお母さんが見えました。ゆっくり話をしたかったので、お茶を出してもらいました。
「校長先生、うちの子が帰ってきて、わんわん泣いているんです。悔しかったんでしょう。
聞けば、『コースも大体でいい加減、僕の方が菊池君より速いのに、一発勝負で今回負けてしまった。もう一回競争したら絶対に負けない。』と…
もう一回選考会をやり直して頂けませんか?」
「田村さん、お母さんと呼ばせてもらっていいですか?
私が見ている田村君はとっても良い子ですよ。身体も大きい方だし、元気に挨拶し、笑顔も多いです。良い感じで学校生活を過ごしているように思いますよ。」
「校長先生にそう言っていただけると嬉しいです。」
「選考会の件、今、小野寺先生にも聞きましたが、お母さんの気持ちもよく分かります。ただ、校庭が狭くどうしても100mを直線で取れないこと、みんな同じ条件で臨んだこと、
小野寺先生は、田村君が選ばれるかと内心思っていたそうですが、それは口にできません。公平に見て、頑張った菊池君を評価したい、とのことでした。」
「もう一度選考会はお願いできないでしょうか?」
…「お母さん、田村君は、今5年生で11歳ですよね。」
「そうです。」「昔の人はこんなことを言ってました。
『ツ』が取れるまでが躾だよ、つまり1ツ2ツ…9ツ、10歳で『ツ』取れますよね。それまでは判断力もまだまだなので、「ダメなものはダメ!」
車で言うとブレーキ、自分を律する方の自律、それ以降はアクセル、自分で立つ方の自立なんですよ。自分で考えて少しずつ良い方向に進んで大人になって行くんですね。
今、田村君は11歳、色々なことを経験して自分の考えを作っている最中なんですよ。ですから、ここは、お母さん、我慢です。本人にこの状況を考えさせて欲しいんです。
お母さん、我慢です、今出ると彼の自立心が一歩後退しますよ。」
「そうなんですか?」
「もし、選考会をやり直すとなったら、菊池君の気持ちはどうなんですか?恐らく、クラス中の子ども達が『お母さんが出てきたんだって!』と田村君を非難するかもしれません。また、自分で解決できない人間だとレッテルを張られるやもしれません。もちろんそんなことはさせませんが…。
あるいは田村君自身も、お母さんに『余計なことしないでくれ!菊池君には勝てると言ったけど、選考会をもう一回やって欲しいなんて頼んでない!』と言うかもしれませんよ。
…今5年生で、あと一年有るのですから、来年頑張らせましょうよ。菊池君も頑張るでしょうから、良いライバルができたじゃないですか?
小野寺先生も私もずっと応援してますよ。…『負けて強くなる相撲かな』ですよ。今回の経験は、田村君にとって絶対に無駄にはなりませんよ。彼なら悔しさをバネに変えられますよ。
…親離れも子離れも時期が本当に難しいですが、今回はチャンスですよ、お母さん。長い目で、少しずつ親が表に出ないようにし、本人を信頼し、陰で支えてあげましょう。」
「そうですね。本人がしっかり人間力を付けないと…生きていくのは本人ですしね。私たちもずっと守ってやれる訳ではないので…。
今日は、私も言いたいことや本音を話せて良かったです。校長先生や小野寺先生の気持ちもよく分かりましたし…」
「いや、こちらこそ、また学校の味方が増えたと思うと嬉しいしいですよ。どんなに些細なことでも、何かあったら話に来てください。」
…玄関まで見送りながら「今日は、ありがとうございました。」とお母さん。
「小野寺先生には私の方から伝えておきますよ。田村君には来年頑張れ!皆応援している!と伝えてください。ご主人様にもよろしくお伝えください。」
小野寺先生には、話し合いの内容と「来年は、保護者の見学も有りで選考会やったら?」と提案しておいたということです。
子の親離れ、親の子離れ、放任、過干渉どれも時期や程度が難しいですね。
上の件は子供を大事にしたいという共通の思いがあったからうまくいったんですね。
「言うことは聞かなくても親の真似はする」親も学校も共に知恵を出し合っていきたいですね。